エリゼ条約
エリゼ条約とは1963年1月22日、パリのエリゼ宮で銅印されパリ、ボン枢軸を明文化しその新しい展開を意味した条約です。正式には仏独協力に関するフランス共和国とドイツ連邦共和国の条約と言います。条約は特定義務を規定したものではなく、協力を推進する手段として、最低年二回の両国首脳会談、最低三カ月に一回の外相会談、同じく国防相、教育相の会談、二カ月ごとの参謀総長の会談などを定めます。注目されるのは本条約が軍事条項を除き、西べルリンにも適用されることでした。この条約を説明した仏独共同宣言では、両国民が過去数世紀にわたる敵対関係を終らせ和解したことは、両国民の関係を根本的に変える歴史的出来事と述べられ、この条約に立脚してドゴール大統領はイギリスのEEC加盟に拒否権を行使しました。その後西ドイツのエアハルト政権時代、条約の精神は死文化しましたが、ドゴール退陣やブラント政権の誕生、イギリスのEC加入などの新事態にもかかわらず、仏、西独の基本的関係を規制するこの条約は、両国によって守られていました。

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